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集落の歴史や廃村に至る経緯を調べる方法

 投稿者:HEYANEKO  投稿日:2019年10月16日(水)07時15分58秒
  >おんずくね男 さま
 はじめまして。へき地BBSへようこそです。
 私の「集落の歴史や廃村に至る経緯を調べる方法」、ざっくりいえば、
 「へき地学校名簿」「全国学校総覧」「地形図」「住宅地図」などの基礎資料から
 独自で「廃村千選」という活用できる資料を制作して、
 これに、多くの資料(書籍、Web)、地域の方への聞き取りなどを組み合せて
 形にしています。

 2020年春には、「廃村千選」の中から、足を運んで印象強く残った百ヵ所をピックアップした
 市販本『廃村百選』(仮タイトル)を刊行します。
 着目していただけると、嬉しく思います。
 
 

廃集落の調査方法について

 投稿者:おんずくね男  投稿日:2019年10月14日(月)23時59分51秒
   はじめまして。
 当方、会津在住の者で、現在、山道のドライブ中に偶然存在を知った菅沼という廃集落について調べています。
 本日、ブログで更新なさっていた糸魚川市の集落と同名ですが、こちらは喜多方市内の中心部から北東10キロの山中に位置する集落です。
二度ほど現地を訪れ、図書館で郷土関係の史料などを調べては見たところ、
2000年代初頭に定住者が居なくなった事はわかったのですが、そこに至る経緯や
はっきりとした廃集落化の時期はわかりませんでした。
 HEYANEKO様のホームページでは各地の廃集落の廃村に至る経緯などが詳細に記されており頭が下がります。
 こういったあまり知られていない集落の歴史や廃村に至る経緯を調べるには、どのような方法を取ればよろしいでしょうか。やはり近隣の方への聞き込みなどが中心となるのでしょうか。よろしければご教授願いますでしょうか。

一応参考までに、菅沼について私が調べて判明した点は以下の通りです。

・江戸初期に中田付村から入植があり開かれた集落。
・関柴の端村と言う位置付けで、現在の行政区画も関柴だが、関柴方面と接続する道は廃道状態。岩月町宮津の大仏山登山口から4キロほど山道を登るのが唯一はっきりしたアクセス方法。一応は舗装路となっており、自動車通行も不可能ではないが、道はかなり荒れており注意が必要。
・関柴小学校の学区にも「菅沼を除く」との記述があるが、往時からそうだったのかは不明。
・現存する人家は3戸でうち1戸が半壊状態、1戸は真新しいブルーシートが窓にかかっており、現在(少なくとも近年まで)も人の手が入っている様子。他、大小の農機具小屋及びその残骸が多数。他、東側に地形図に無い墓地あり。
 

そうです!!

 投稿者:クボタ  投稿日:2019年 8月30日(金)07時33分56秒
  送です!!

毎日楽しみに見ています。

凄いですね!!!!
 

クボタさま

 投稿者:HEYANEKO  投稿日:2019年 8月30日(金)07時05分24秒
  というと、あのクボタさんでしょうか?
だとしたらですが、11月下旬にお好み焼きなどご一緒しましょう(^^)
 

凄いです

 投稿者:クボタ  投稿日:2019年 8月27日(火)20時50分16秒
  毎日見ています。

凄いです。
 

21年前の八重山

 投稿者:HEYANEKO  投稿日:2019年 3月25日(月)07時07分14秒
  >やじさん
 お返事、遅くなりすみませんです。
 那覇-八重山(石垣)のフェリーに載ってから、もう21年も経つんですね。
 時の流れは、早いものなり・・・

 今年は、可能であれば10数年ぶりに八重山まで行こうかと、
 画策しているところです。
 

はじめまして

 投稿者:やじ  投稿日:2019年 3月11日(月)15時18分43秒
  http://www.din.or.jp/~heyaneko/oy8.html
の上の画像の左から2番に写っているのが私です
バイク(アフリカツイン)で八重山に行ったときです
あの時同じ船に乗っていたのですね
 

平成30年もあとわずか

 投稿者: HEYANEKO  投稿日:2018年12月26日(水)16時13分30秒
  どうもです。
長らく放置となり、すみませんです。 いわねえさま
どきどき眼を通しているので、何かの時には活用できればと思います。
よいお年をお迎えくださいませ(^_^)

 

深夜航路

 投稿者:いわねえ  投稿日:2018年 9月13日(木)21時52分4秒
   まいど岸和田のいわねえです。
廃村もええけど、明日は岸和田祭りの試験曳きですよ。
奥さん連れて里帰りしょうね。
さて岸和田市立図書館で「深夜航路」草思社発行を借りました。
函館市寒川の廃村を書いてはりました。
ご参考に。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~iwanee/

 

「廃村千選」、2018年7月、更新のお知らせ

 投稿者:HEYANEKO  投稿日:2018年 8月 8日(水)20時57分12秒
編集済
  広範囲で豪雨災害があったり、国内最高気温の更新があったり、台風が東から西へ向かって進んだり、
何とも異様な夏ですが、いかがお過ごしでしょうか。>みなさま

少々遅れましたが、「廃村千選」への追加、7月更新分(4か所)をまとめます。

● 田麦(たむぎ、岩手県岩手町)
 田麦に冬季分校があったことは、断片的な情報からわかっていました。
 岩手町HPに田麦冬季分校の開校年・閉校年を尋ねたところ、お返事があり、
 「穀蔵小の記念誌」からの写しから、若干はっきりしないところはありますが
 「昭和34年開校、同46年閉校」とことがわかりました。

● 大沢(おおさわ、富山県上市町)
 上市町HPに大沢冬季分校の閉校年を尋ねたところ、
 「わかりませんでした」とのお返事でした。
 『富山県へき地・小規模学校一覧』という年次の資料が手元にあって、
 いちばん古い昭和45年版(昭和44年度のデータ掲載)に大沢冬季分校がないので、
 その前年の「昭和43年」と推定することにしました。
 ちなみに、8月7日(火)、富山県の廃校廃村(計42か所)の満願成就は、
 大沢になりました。

● 呉竹(くれたけ、石川県旧白峰村)
 七尾市HPに閉校年を尋ねたところ、
 「HPの 七尾市のなりたち>学び舎>中島小学校>釶打小学校 に
 掲載がある」とのお返事をいただきました。
 >昭和29年(1954)から昭和37年まで冬季呉竹分校が
 >谷末松宅で開設されていました。
 とのことです。

● 桝谷(ますたに、福井県旧今庄町)
 南越前町HPに桝谷冬季分校の閉校年を尋ねたのですが、
 今のところお返事はありません。
 近隣の廃校廃村(岩谷、大河内、芋ヶ平)の分校の休校年・閉校年が
 それぞれ昭和39年、40年、42年なので、
 これに準じると判断し、「昭和41年」と推定することにしました。
 桝谷冬季分校の場所、推定の域ですが、
 昭和61年の住宅地図では大小場に道場と5戸が掲載されており、
 田倉俣は掲載されていなかったので、
 大小場の道場=冬季分校跡の可能性が高いのではないかと見ています。

7月末の時点で、「廃村千選」のポイント総数は、
1040か所+4か所=1044か所になりました。
 

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